みなさん、こんにちは。
みなさんの中には、絵が好きなのに、下手だからとコンプレックスを持っている人がいるのではないでしょうか。
本当はアーティスト(画家)としても活躍してみたいのに、諦めてしまっている人も多いのではないでしょうか?
今回は、絵が下手でも、アーティストには誰でもなれることを書いていきたいと思います。
ポイントを先に言っておきます。
それは、
- 数をこなすこと
- ハッタリでも良いから、とにかく〈アーティスト〉になってしまうこと
です。
Contents 目次
1、絵がヘタだと悩んで、絵を描かない人が多い
さて、皆さんの中で、普段、絵を描く習慣がある人はどれくらいいるでしょうか?
- 私はこれまで、絵の勉強をしてないので、絵ごころが全くありません
- 不器用で絵が下手だから、絵なんかとても描けないですよ
- 絵なんて、私にはとても無理だよ
このように、本当は絵を描いて創作をしてみたいと思っているのに、絵を描かないでいる人は多いと思います。
でもそれは、大変にもったいないことだと思います。
今日は、芸術作品の創作においては、技術的に上手いということは必ずしも必要ではない、というお話をしていこうと思います。
それどころか、優れた技術を持っていることは、場合によってはその創作というプロセスにおいてマイナスになるかもしれないのです。
ここではまずその理由を、〈芸術〉と〈技術〉についてから考えていこうと思います。
絵画を中心にお話ししていますが、書でも陶芸でも、その他の芸術にも通じるお話と考えてください。
2、絵が上手いことにも、マイナス面がある
自分が描きたいと思うものが、自由に描けるようになれば、どんなに素晴らしいことでしょうか。
でも、それでも、上手いということがマイナスになることがあるのです。
なぜ優れた技術を持っていることは、創作過程においてはマイナスになる場合があるのでしょうか?
あなたが、あたかも写真を写したかのような、非常に“上手い”絵を描くことができるとします。
それはとても素晴らしいことだと思います。
でも、ここで次のようなことが問題となってくるのです。
そうした優れた能力がある人が、自分のイメージした作品を仕上げる場合、当然、そのイメージ通りの作品が出来上がってしまいますよね。
ということは、その作品には自分が意図した内容が確かに込められてあるのは良い点です。
自分がもともと描いてみたいと思っていたイメージがそのまま、目の前に表現されているわけですから。
では、その場合のマイナス面とは何でしょうか?
それは、自分が予想もしない“偶然”の要素が入り込む余地がなくなってくる、ということです。
実は、創作をするプロセスにおいては、この“偶然”が大切な要素なのだ。
それは、無意識の世界と大きくつながっていると、考えられる場合が多いからです。
だって、作品に偶然の要素が入り込むことが少ないということは、無意識からの「凄まじいエネルギー」や「爆発的なパワー」の無い、
いわば表層意識のみで仕上げた作品で終わってしまう可能性があるということです。
もちろんその作品は、とても上手に描かれ、一見綺麗に見えることでしょう。
でも、観ている人の生き方の方向性を変えるほどの力を持つことが出来るかどうかとは、また別問題です。
3、下手でも、創作過程には問題がない理由
さて、創作過程においては、偶然に出来た模様などが、なんとなく心にピッタリする時というのがあります。
もし、そのピッタリ感が感じられなければ、ピッタリいくように修正していけばいいわけです。
そうした過程は、全く無計画で自分にとっては未知の世界の探求と言えるでしょう。
そして、ピッタリ感がした時、その作品は、人の心を揺さぶる力を持つ芸術作品となる可能性があります。
作品を創作していると、偶然に予想外の変わった作品が出来上がることがあります。
その偶然の出来事が、創造につながってくるわけです。
こうした偶然を狙うために、あえて利き腕ではない手で描く作家もあるほどです。
でも、ただ単に変わっているからというだけで、それが創造的であるとは言えませんね。
予想外の変わった作品が出来た時、その時にはいい作品が出来たと感じても、何日間か後に見れば全く、たいしたものに思えない、陳腐なものにしか感じられないことがよくあります。
逆に、出来上がった時には、あまり良いとは思わなかったものが、後日に改めて観てみれば、良い作品だと感じることもあります。
一般に、上手く絵を描ける人は、偶然の要素を無くして、どうしてもその上手さで勝負しようとする傾向にあると考えられます。
それが危険なのだ!
4、芸術における。“アイデンティティー”
ここで、少し視点を変えます。
私たちは、作品がたまってくると、それを人に見せたくなってきます。
そして、作品展を開いたり、コンクール・公募展に出品したりしますね。
運よく、いろいろと賞とかを貰っていきますと、受賞歴がその人のアイデンティティー(「自分とは何者か」、ということ)の一部になっていきます。
それは、自信が出来るし、これまでよりも楽しく作品を創作することが出来るようになる良い機会になるでしょう。
でもこれは、アーティストにとっては、ちょっと不都合な状態でもあったりするのです。
それはどういう事かというと、コンクールなどを目指していますと、どうしても、人に好かれようとか認められようと考えてしまいます。
すると、その瞬間に自分が本当に描きたかった創造力を見失ってしまう事があるのです。
つまり、“ウケる”ことを狙った作品になってしまいがちになります。
そうした方が喜ばれますから。
自分が本当に表現しようとしたものとは違って、迫力が失われた、お体裁のいい小奇麗にまとまった作品になってしまうのです。
そうした“気分”で出来た作品は、確かに多くの人に気に入られる可能性が高くなるでしょう。
でも、自分が最初に表現しようとした事の本来のパワーが失われているため、人の心の琴線に触れるような力が失われてくる可能性があります。
もちろんそれでも、その作品はそれなりに認められていく場合もあります。
怖いことは、そうした状況に慣れてしまうと、その作家は自分が本当に表現したいと思っていたものを、いつの間にか見失ってしまう事です。
そして、ウケる作品が“自分の”作品だと思い込んでしまうことです。
賞を受賞することを目標に作品をつくっている方はたくさんおられますね。
それはそれで、一つの励みとなって、良いことでしょう。
でも、賞をもらって認められることによってしか自分のアイデンティティーを築くことが出来ないとなれば、私としては寂しい気がしますね。
そもそも本来、芸術作品を創作するのに“人に認められる”、なんてもんは関係ないのですよね。
ただ、好きなように自由に創っていけばいいのですから。
それが本来の芸術の喜びというものです。
【関連記事】芸術はわからなくてもいかまわない⁉︎ ⬇︎
5、絵が下手な人こそ、おもいっきり絵を描けば良い理由が、これ
さて、優れた技術を持つ人が、“偶然”の要素を入れつつ作品を創作する場合、いったん自分の技術を捨てなければなりません。
せっかく何年もかけて習得した技術を、捨てる勇気が必要なのです。
ですから、非常に難しいのです。
人に認められるようとか、ウケる作品を作ろうと思っている人には決してできないことです。
ピカソの偉大さは、そうしたところにもあると思います。
〈パブロ・ピカソ Pablo Ruiz Picasso〉
このように見ていくと、上手いということは、芸術を創作する上においてはマイナスになることさえあると言えますよね。
さらには、抽象画を描く、っていう手もありますよ。
ジョアン・ミロなんかは、完全に自由に描きたいものを描いていますよね。
本当の創造性は、技術的な問題を超越したところにあるのではないでしょうか。
ミロの絵なんて、まるでデタラメそのものじゃないですか。
あんなのよく描けたなぁ、って思います。凄い天才ですよね。
(パブロ・ピカソやジョアン・ミロについては、思うところがいろいろとありますので、また別の記事で詳しく書こうと思います)
〈ジョアン・ミロ Joan Miró 〉
ですので、「自分は絵が下手だから絵を描かない」って考える必要はまったく無いのだ。
むしろ、下手で不器用だからこそ、人の心を捉える素晴らしい作品が出来る可能性があると考えると良いのです。
6、今日から、君もアーティスト
これまで述べたように、むしろ、下手な人こそ絵を描けばいいのだ。
褒められようとか認められようと考えなくても良いのです。
アーティストになりたい。
そう思ったならば、しのごの言わずに、筆を持ち、自由に絵の具を目の前の紙(または、カンヴァス)に叩きつけてみればいい。
その時に自分が表現したいものを自由に創っていく。
そして、その作品が満足がいくように出来なくてもいい。
60%程度の満足度でも良いと思います。
さらに次を作ればいいのですから。
そして、大切なことは、2つあります。
まず、
数をこなすこと
です。
ピカソは生涯に約5万点の作品を作っています。
その中には絵画、彫刻、陶器、版画など、様々な種類の作品があります。
もちろんその中のほとんどは、愚作だ!
好きだからこそ、大量に制作したのです。
〈ピカソの陶器〉
もちろん、ただ漠然と数だけをこなせば良いというものではありません。
でも、数をこなさなければ、質を高めることもできないのも事実です。
そこまで狂気なまでに、数をこなしてみてはどうでしょう。
そこに必ず、ダイヤモンドの輝きを放つ、素晴らしい作品が生み出されるはずです。
さらに、もう一つ大切なことがあります。
それは、アーティストだという自分を身に付けることです。
つまり、
ハッタリでも良いいから、まずアーティストになってしまう
のです。
そうすれば自然とそのような雰囲気が醸し出され、人間関係も変化していきます。
人に認められるかどうかは関係ない。
とにかくまず、アーティストになり、そういう自分を生きることです。
それこそが、まさに「芸術の喜び」なのだ。
さぁ、君も今日からアーティストだ‼︎
【参考記事】人間としての存在の本質を見極めたい! これがオススメ記事です。⬇︎
7、まとめ
- 本心では絵を描いてみたいと思っているのに、下手だから億劫になっている人が多い
- 絵が上手い人は、創作過程において、“偶然”の要素が入る事ができにくくなり、これが創作においてマイナスになる場合がある
- 技術的に下手であっても、偶然にできた模様などが、創造的な作品になる場合がある
- 賞をもらうのは素晴らしい事ですが、これだけがアイデンティティになるのは寂しい気がする
- 絵が下手だからこそ、思いっきり自由に描いていけば良いのです
- 大切なことは、①数をこなすこと、②アーティストになってしまうこと である